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メガネの価格を広告すると違法だった時代:ある経済学者が見つけた25%

2026.09.19
メガネの価格を広告すると違法だった時代:ある経済学者が見つけた25%

「メガネ25ドルから」。

今ではありふれた一文です。

1970年代のはじめ、アメリカのいくつもの州で、この一文は法律違反でした。

検眼医は専門職であり、専門職が価格を広告するのは職業の品位を下げる、というのがその理由でした。

当時は医師も弁護士も広告をしませんでした。

もっともらしく聞こえました。

だから、だれもこう問いかけませんでした。

「それで、メガネの値段はどうなったの?」

ある経済学者の素朴な問い

1972年、リー・ベナム(Lee Benham)という経済学者がその問いを立てました。

方法は単純でした。

アメリカの州は、それぞれ法律が違います。

検眼医の広告を全面的に禁じる州、価格の広告だけを禁じる州、何の制限もない州がありました。

国の中に、自然の実験があったのです。

ベナムは家計調査のデータから、人々が実際にメガネに払った金額を州ごとに集めました。

結果はこうでした。

広告を禁じた州では、メガネの平均価格が6.70ドル、約25%高かった。

全面的に禁止している州では、差は7.48ドルに広がりました。

価格の広告だけを禁じた州は、その中間でした。

「広告費は価格に上乗せされる」という通説とは逆の結果でした。

広告がなければ消費者は比べられず、比べられなければ価格は上がるのです。

この論文は Journal of Law and Economics に掲載され、規制の研究で教科書に載る事例になりました。

広告禁止の裏に隠れていたもの

問題は広告だけではありませんでした。

当時、検眼医は患者の目を検査したあと、処方箋を渡さないことがよくありました。

処方箋がなければ、ほかの店でメガネをつくれません。

検査を受けた店で買うしかないのです。

米国連邦取引委員会(FTC)が規則づくりの過程で調べた検眼医の調査のほぼすべてで、半数以上が、患者に処方箋を渡すことに何らかの制限を設けていました。

FTCは1962年にすでに、目の検査とメガネの販売を抱き合わせにするのは不公正だとする指針を出していましたが、その指針には強制力がなく、だれも従いませんでした。

1978年6月2日

ベナムの数字と処方箋の問題が積み重なり、FTCは規則をつくりました。

1978年6月2日に出されたメガネ規則(Eyeglass Rule)です。

規則は2つの部分からなっていました。

1つ目、検査のあと、患者は求めなくても自動的に処方箋を受け取る。

2つ目、州によるメガネの広告禁止を不公正な慣行とする。

職業を代表する米国検眼協会(AOA)は、すぐに訴えを起こしました。

裁判所は半分を認めた

1980年、ワシントンD.C.の連邦控訴裁判所。

裁判所は広告の部分を無効にしました。議会はFTCに、州の法律を不公正と宣言する権限を与えていない、という判断でした。

しかし、処方箋の自動交付は認めました。

その理由づけは、ベナムのものでした。

処方箋を渡さないと価格を比べにくくなり、販売者が広告する理由がなくなり、眼鏡店どうしが競争できなくなる、というのです。

広告の条項は消えましたが、同じころ最高裁判所が薬剤師の価格広告(1976年)と弁護士の広告(1977年)を保護される表現と認め、専門職の広告を禁じる州の法律は足場を失っていきました。

1992年、FTCは広告の条項を除いて規則を出し直し、「検査後の処方箋の自動交付」は今も効力を持っています。

1枚の紙の重み

この物語は、広告ではなく処方箋で終わります。

患者が処方箋を持っていれば、どこで買うかは患者が決めます。

人々が比べられるようになれば、価格は下がります。

ベナムが25%という数字で証明したのは、そのことでした。

自分の処方箋の数字が何を意味するかは、1枚の処方箋に隠れた6つの暗号で取り上げました。

メガネの処方とコンタクトレンズの処方がなぜ違うのかは、同じ目なのに、メガネとコンタクトレンズの度数はなぜ違うのかに続きます。

そして、コンタクトレンズの処方箋をめぐる同じ闘いが、25年後にもう一度くり広げられます。その話は次の記事です。

参考資料

この記事は一般的な情報です。アメリカの事例を説明しており、処方箋の交付や広告のルールは国によって違います。価格は1972年の研究当時の米ドルです。